おもえば城西高校調理科に進み、「ラーメン屋になりたい」と言われた時、正直「ど
うしてラーメン屋なんだよ」と思った。親の計画としては、やはり和食に進み、将
来葬祭の折りなどを作る事を夢見ていた。
しかし現実、ラーメン屋の道を選んだ。
みんな、こんな話を聞けば、城西の調理科に進み、もったいないと思うだろう。
中学時代、息子は調理士になりたいと進み、3年間学ぶ間に自分なりに和洋食が向
いていないと判断した。それだけで無意味ではなかったと思う。
東京に着き、夕方、店のある新小岩に行くと、店の前には 50 人ぐらいの行列ができ
ていた。
「あいかわらずすごいな」と思いながらガラスごしに店内をのぞいてみた。する
と、厨房の中に、頭にタオルを巻き一回りしぼられた身体になった息子の姿が目に
入った。堂々とした態度でてきぱきとラーメンを作り上げながら接客している姿。
つい数ヶ月前、お客様だった男が今、一人の男として、店の仲間の一人として、力
をあわせ、一杯のラーメンを作り上げている姿に胸が熱くなった。
しばらくそんな姿を見て、心を落ち着けた後、列に並んだ。
今並んでいるお客様に、ラーメン一杯だけど夢・心を届けているんだと何ともいえ
ない満足感の中で2時間待った。そして店内へ。
ラーメンを食べる前に、自分の心はいっぱいだった。
席に座り、ラーメンを作っている息子の姿を照れながらも見ていると「はい、おま
ちどうさま」と息子からラーメンを手渡しされた。
前にも食べたラーメンの味なのに、最高にうまいラーメンに変わった。満たされた
心で食べていると、いろんな事を思い出した。
入社してから、朝は4時からスープ・麺づくり、夜は 11 時過ぎまで接客そして片づ
け。くたくたになりながらも過ぎていく一日。休みの日はラーメン屋めぐり。ラー
メンづくめの毎日。
何回も弱音を吐きながらも目標に向かって頑張っている息子。
知らない土地に一人、ホームシックになっている息子を気にかけてくれた不動産の
社長、自称「東京のお父さん」。周りの人の支え。
店を出る時は、お腹も心も満たされていた。
その夜、限られた時間だったけど、一人の社会人となった息子と酒を飲み交わし、
思い出に残る一日が終わった。
俺はあえて息子の家には泊まらなかった。泊まることは簡単なことで、息子は嬉し
いだろう。でも次の日またその家に帰る息子は一人という現実、寂しさを知ること
になるからだ。
息子はけっしてできた子ではなかった。小学生からもやんちゃで、中学時代は反抗
し、そして高校もどうにか卒業した。
今、一人の社会人となり、頑張っていることに胸が熱くなった。
誰でもそうだと思う。子どもが何事にも一生懸命やっている姿を見るだけで、今ま
での苦労もいい思い出に変わる。自分の事よりも嬉しく、心が安らぐ。
ほんと、親の一番の幸せは子どもの幸せだと改めて思った。
先日、東京のラーメン屋に就職した長男に会いに行った。