息子は旅行バッグの他に空っぽのきれいな学生カバンを持ってきていた。問いかけ
ると、先生が持っていけと言われたみたいだ。「なんじゃそりゃー。見かけつくりか
よ」と思った。
内面では、会社からのいつもの問いかけ「どうして弊社を選ばれましたか」に対し
てのお決まりの返答。
息子には「学校からすれば、お前のために指導してくれたことだから、これは一つ
の方法として受け止めろ。でもお父さんからすれば、この見せかけだけのカバンな
んていらない。カバンを持つ手があくのであれば、しっかりあいさつができた方が
いい。お決まりの返答も、たくさん面接をしている会社側からすれば何も心を打た
ない。心に語りかけるなら、心でいかなければだめだ。だから、自分の言葉で、し
っかり思っている事を伝えろ。それがはずかしい理由だったとしても、それがある
から頑張りたいのですと意気込みを伝えることが大切だ」と親ながらの気持ちを伝
えた。
面接の日、二人で会社の場所を調べ、早めに出かけた。会社を横目に、二人で「こ
こだな」と思いながらひと回り。場所が分かったから、近くの店で食事しながら評
判を何気なく聞く。軽い昼食の後、近くの公園へ行き、あいさつの練習。
そして 10 分前、会社の近くまで行き、息子の背中を押す。親ができるのはここま
で。これから、息子の就職への一歩、そう「大きな人生への一歩」となる。そし
て、親にできるのは、息子が会社に入っていく姿を見送るしかないのだ。
それから一時間半後、やっと笑顔を浮かべながら帰ってきた。
「やべーすげー」「はんぱじゃねー」と会社の大きさ、内容が、自分が想像していた
以上だったことに驚いていた。
「結果は一週間後、勤務地は神奈川の川崎になるだろう」と言われたそうだ。その
日、息子はこの大都会東京に夢と希望を大きく膨らませた一日でもあった。
次の日、息子を連れて勤務地になるかもしれない川崎へ向かった。
「どんな所にあるのか、道のりはどうか、何よりお前が見に行くことで相手側に意
気込みが通じることになる。この世の中、失礼な事かもしれないけどな、俺だった
ら行く」
相手の心を動かすには、今自分ができることを行動で示すしかないのだからと伝え
た。
そして、迷いながらも目的地へ。また一人で会社に向かわせた。
数分後、息子がやり遂げた顔で帰ってきた。会社の責任者から「ここまで来る人は
今までいなかった。決まったなら、一緒に頑張ろう」と言われたそうだ。
帰りの電車の中、息子に言った。
「お前はやるだけのことはやった。だから胸をはれ。もしだめだったとしても、別
の会社に就職して、断ったことをいつか後悔させてやればいいんだ。でも、落とす
はずはない」と親ながら思いを伝えた。
鹿児島に帰って数日後、採用の連絡が入った。電話越しに喜んでいる息子の声、そ
んな息子に「よかったな、これからだぞ、がんばれよ」と声をかけた。
その夜、飲んだビールは最高においしかった。
「大きな人生の一歩」
踏み出したわが息子。
これから一歩一歩を大切に目標に向かって頑張ってほしい。
2013 年 11 月先日、二男の就職の面接のため、東京に行った。